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2013年 03月 30日

上野公園の夜桜で、「ブラックレイン」と「ブレードランナー」の夜景を思い出した

昨日は、午後8時半過ぎ、会社の後輩が急に「上野公園で花見をしませんか?」と云われ、私は「いいけど、灯りは、9時に消えるのでは?」と答えたら、「じゃ~、タクシーで行きましょう!」となった。
上野駅構内のコンビニで、酒とつまみを調達し、公園内の桜を見ながら、適当な場所(:緑地帯の縁石)に座り、花見をした。

もう、桜は満開を過ぎ、6分まで散ったのか、と思っていたが、8分近く咲いていて、9時過ぎても花見の人で溢れていた。
日本人は、花見(桜の木の下で、酒を呑むこと)がよっぽど好きなのか?と思った。

空の雲は低く、都会のビルの明りで、ほんのり赤みがかっていて、
桜並木の通りから、夜桜の間に見える都会の明るい夜の空も、光害なのかも知れないが、
ある種 幻想的な気分を醸し、それも風流なのかも知れないと思った。

私は、夜の明るい都会の景色も、人間活動の証で、嫌いではない・・・。

リドリー・スコット作品の「ブラック・レイン」の大阪の夜景、すなわち
工場群の夜景でもあり、
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桜並木沿いの公園の街灯からずっと続く通りの先に見える夜景も、同じ都会の中の風景と重なった。
・・・人間が蠢きつつ、どこかわびしく、しかし、その孤独感にはどこか、人間が居るから感じる感じなので、それは古代等の遺跡の廃墟とは違う(但し、廃墟の遺跡には、人間活動の証の奇跡は感じるが…) 人間活動の証…と感じた。
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同じリドリー・スコットの「ブレードランナー」でも見られる都会の夜景は、やはり 都会の孤独と同居した 夜を徹しても活動する人間の営みと思った。
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どうも、私は歳取っても、都会から離れないようだ・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(130330 追記)

神林長平のSF小説「ぼくらは都会を愛していた」で、
創出された都会から人間の痕跡が無くなった世界は、
物悲しく、そこに取り残された人間に孤独感を募(つの)らせるのだろう・・・。
どこかに残った人間を求め、探し回る孤独感は、寂寥感に満ちたものだろう・・・・。

都会には、人間が居るから、孤独感を感じていても、どこかに「人間の絆」が感じ、安心感があるのだろう・・・。

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by mohariza12 | 2013-03-30 19:54 | 感覚 | Comments(0)
2013年 03月 28日

自身の体内臓器の動きを感じとる大事さ

(130325メモ、補記)

はたして、人間は、自分自身の体内の不調なりの動きを、(脳を通じての)感覚で捉えることは出来ているのか?

たぶん、大脳で考え事ばかりしていると、自身の内部の動きは捉える感覚は、鈍ってしまうのだろう・・・。

大脳以外の脳なりの感覚を磨き、体内の臓器の動きを、耳を欹(そばだ)て、感じとる(:聞きとる)ことが、
結局、心身の健康に繋がる気がする。

自身の健康を管理できない人間は、いくら(大)脳が発達しても、生物としては劣っている気がする。
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by mohariza12 | 2013-03-28 22:40 | 感覚 | Comments(0)
2013年 03月 28日

火の粉<:子>が消える瞬間の瞬き

(130326メモ、補記)

会社からの帰宅中、(千代田区では、公共の道は、全面禁煙だが・・・、)
帰りの道すがら、タバコを吸っていて、その吸いがらを、
(:フィルターでは無く、まだ火が残っている灰の部分・・・私は、道すがら、タバコを吸っても、吸い口のフィルター部分を捨てることはしない)
大通りの前の細いアスファルトの路地に捨てた。

近くの横断歩道の信号が青になる間、待っていたのだが、ふと、捨てた吸いがらを見たら、
わずかに残っていた火の子<:粉>が、消える間際、2回ほど、線香花火の消える瞬間のように、光を発しながら、瞬(またた)いた

それを見て、消去してしまった「mohariza07メモ」で、
夜、我が家の2階のベランダから、タバコの火の付いた吸いがらの灰を下の庭に落とした後、見た光景
(:2階から火がわずかに残っている火の子<:粉>が見え、それが消える間際、2回ほど、線香花火の消える瞬間のように、光を発しながら、瞬いた)
の記事を記した直前の光景を思い出した。

火の粉<:子>は、消える瞬間、なんらかの生命のあがきのような反応があるのだろうか・・・?

その疑問は、まだ解けていない。
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by mohariza12 | 2013-03-28 00:40 | 自然 | Comments(0)
2013年 03月 27日

昔の人間は、夜、ろうそくの灯だけでは目が悪くなった?

(130321メモ、補記)

明治初期、ランプが普及する前、日本人は、夜は手元のろうそくの灯(ひ)の明かりしかなかった所で、暮らしていた。
その環境下で、勉学に励む者は、それを普通として遅くまで励んでいた。

その環境で、現代に比べて、目が悪くなった、とい云うことがあったのだろうか?
目が悪くなると云うのは、どう云う原因なのか?
明るければ良いと云うものでは無い気がしている。

現代の日本の夜の住まいには、余りにも明かりが溢れているように思う。
(西洋の国々に比べても・・・。)
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by mohariza12 | 2013-03-27 12:43 | 生き方 | Comments(0)
2013年 03月 26日

歳を取ったなら、その衰えのまま・・・

(130324メモ、補記)

神経が研ぎ澄まされ、何事へも感覚が鋭くなるのは、一種の快感を覚えるが、

ある歳になって、感覚が鈍り、鈍感になって、鋭敏で無くなるのも、

それが自然の摂理で、脳としても、身体としても、より自然で、

ある歳を過ぎても、感覚(:神経)が鋭敏すぎるよりも、

健康的なのかも知れない、と思った。

ある歳になったなら、老いの成すがまま、脳、身体の衰えるまま、任せるのが、

脳、身体の為に、良いのかも知れない・・・。

歳とっても、筋骨隆々なり、(脳が ) 切れすぎるのも、動物(:生物)として、異常(:不自然)なのだろう・・・。

但し、老けるまま、脳や身体を使わないのは、錆つくままになり、早く、老朽化してしまう。

適度な刺激、鍛錬は必要だと思っているが・・・。
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by mohariza12 | 2013-03-26 01:37 | 生き方 | Comments(4)
2013年 03月 25日

臭気=その廻りの雰囲気=その場の気

(130313メモ、補記)

帰宅の電車に乗ったところ、少し立っている客はいたが、入り口近くの席が空いていた。
私は、空いている席に何と無しに座った のだ が、ひとつ空いた左隣の席に、ボロボロのスリッパを履き、髪もボサボサの浮浪者が座っていた。
乗客は、その浮浪者を避けるよう、隣の席には着かず、ある範囲で離れていた。

そう云う人間の廻りには、人間は避けるような本能があるのだろうか?
それは、外見だけで、人を判断する偏見とも思えたが、
その場には、鼻が悪い私には感じられない臭気が漂っていたのかも知れない。

臭気=その廻りの雰囲気=その場の気 なのか?と思った。

人間には、本能的な<場の気>を感じるものがあるのだろうか・・・?、そう思った。
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by mohariza12 | 2013-03-25 12:40 | 感覚 | Comments(0)
2013年 03月 24日

永井哲志氏の「心は脳からどのようにして生まれるのか?」を読んで

2013年02月13日付けの「心はどこにあるか・・・? ~ 脳?or 心臓 ?」に対する記事に対し、永井哲志氏からコメントいただいた

<心は脳からどのようにして生まれるのか?
―脳の神経幹細胞と植物の生長点細胞との対比による理論から考える―
南大谷クリニック 研究紀要 2013 著者 永井哲志>


を通勤の車中で、2回読んだ。

中々、示唆に富んだ記事だったので、引用しつつ、感想を記します。
(以下、適宜改行、太字等及び写真は私。)

・・・・・・・・・・・・

<近年、大人の脳の中にも、生物の生長点細胞と同じような働きをすると考えられる神経系に属する各種の細胞になることはできるがまだ細かい分化を遂げていない「多様性」をもつ「神経幹細胞」が見つかったことによって、「高等動物の成体のニューロンの新生は起きない」というかつてのの常識が覆ってしまった>(p25)

<1997年、・・・成長を終えた大人の脳(成人の脳)でも、少なくとも記憶と学習に重要な働きをしている側頭葉の内側にある海馬において、ニューロンが日常的に新生していることを発見した。
またこの数年間で、その成人の脳の中にも、神経系に属する各種の細胞に分化を遂げていない未分化で多様性(その時点でどうような細胞になるのか決まっていない)を持つ「神経幹細胞」が見つかったことにより、「高等動物の成人の脳ではニューロンの新生が起きない」というかつての定説が覆されてしまった.>(p31)


・・・筆者の論旨のキーは、成人(大人)においても新生する「神経幹細胞」で、植物の「生長点細胞」とを対比している。
成人になっても、脳を活発に使えば、脳は発達することは、実感していることで、高齢化社会になり、人間として生き続けることにおいて、重要なことだと思っている。

<「神経幹細胞群」は分化し、いつも新たにニューロンネットワーク組織は更新され、脳は桜と同じように成長し続けている.
・・・桜は・・・常に自然のあらゆる刺激を受け、・・・一年間の生長した新しい枝として、つまり記憶として残り、また新しい「生長点細胞」が生まれる.それらが集まって、空間の中で太い幹から無数に分かれた小枝まで立体的な一本の、刻々と成長している桜を構築している のである.
つまり、脳と桜は同じように限りなく変化し、成長していることになる.>(p32)


・・・筆者が、脳の成長を桜の生長とを重ねて比喩し、<脳のニューロンネットワーク組織と無数に分かれた小枝までの立体的な一本の桜とは、日々変化し、成長(生長)している点で、共通のものがある>との視点は、具体的なイメージとして捉えることが出来、ユニークで面白いと思った。

確かに、無限に繋がり、枝分かれして広がっている(但し、使わなければ、涸れてしまい、神経が繋がらなくなる)神経網(:ニューロンネットワーク)は、木(:桜)の枝と似ていると思う。

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<「時間の役割」の章・・・
自分の意識(自己意識)はあたかも時間が止まっているようだ.
しかし、私たちの脳は桜と同じように成長している.
大脳にある「神経幹細胞」は自分の環境の変化だけでなく、時間の流れに基づいた(過去の)記憶にも反応し続けている.
だから、私たちの心の中にある大量の記憶を、過去から未来に渡って意識するために、時間はなくてはならない要素である.>(p33)

<幼児時期を過ぎ・・・、覚醒する時間が増え、外部環境(外界)に対する認識も高まって、自分自身を感じる意識(自己意識)も芽生えながら変化していく.
睡眠と覚醒をはっきり使い分けることで、 時間の流れとともに新しい記憶は積み重ねられている.
「生きていると感じる」意識の中には過去から現在、未来という「時間の要素」がある.・・・
私たちの記憶の背景には必ず細かく日時や年月、季節の概念も関連付けられている.>(p34)


・・・確かに、<ほとんど微睡状態>の幼児では時間の観念は生まれず、外部環境に接することによって、自意意識が生まれ、それと共に時間を意識し出すのだろう。
睡眠と覚醒を分けることで、「時間」と「意識」が生まれるとの発想は、今まで本で読んだことはあるかも知れないが、今回改めて意識した。

<「直観」とは、わずかな何かの刺激に対して、色々と考えたり想像したりしないで瞬間に鋭く感じとることである.それはもっとも大切な「心の要素」である.つまり本能に近い、動物的な心でもある.
そして直感で得たことは、さらに物事を考えることによってはっきりした心、自分の意思「自己意識」になる.>(p35)


・・・私も「直感」を大事にしている。それが、「心」とは考えたことは無かったが、
<直感で得たことは、さらに物事を考えることによってはっきりした心、自分の意思「自己意識」になる.>と云う説は、そのように考えることは出来るとは思った。

<心は人間と人間の、また人間と自然の依存関係の中で長い時間と努力をかけてつくられた記憶である.・・・
脳には、人間同士の相互依存と自然環境への依存を基に構成された計り知れない心(知恵)を習得ことができる.
心は遺伝子情報の中には含まれていない.
クローン技術が進めば、短時間で細胞の遺伝子をコピーして声明をつくることができるが、同じ心をもつ人間をコピーするには同じ年月と、その人が育ってきた環境が必要であり、不可能なのである.>(p35~p36)


・・・脳は、育った人間及び自然の環境で育てられ、育まれ のが心と云えると思う。
でも、今後クローン人間が出来た場合、同じ心をもつ人間が出来ないと言い切れるのか、は 断定は出来ない。

私は、<心は遺伝子情報の中には含まれていない>とは云え、全く同じ遺伝子を持つクローン人間が、全く同じ心の人間になれ得ないとは云えない 、と思っている。

星野乃宜のSFマンガの「ミス・アイボリーの21日」のような悲劇があったなら、自分の遺伝子を持つ私を造ろうとしないだろうか?

もちろん教育は必要で、短期間でも育むことがなければ、もう一人の「自己」は出来ないのだろうが・・・。


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by mohariza12 | 2013-03-24 00:19 | 人間 | Comments(4)
2013年 03月 22日

ネット社会から解放された<空白の時間>で思考すること

(130321メモ、補記)

私は家、会社以外では、(たまにネットカフェに行くことはあるが・・・、)
ケイタイは持ち歩いているが、ネット社会とは繋がっていない。

今の若者たちは、仕事以外の時間も、ケイタイやiPodを常に身につけ、
常にネット社会と繋がっていないと不安に感じているようで、常にいじっている。

私は、パソコンも含み、ケイタイやiPodから開放された<空白の時間>が必要で、
自分自身の頭で考える時間が必要だと思っている。

ネット社会から解放された<空白の時間>の中で、思考することは、自己の開放に繋がるように思っている。
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by mohariza12 | 2013-03-22 12:44 | 世の中 | Comments(0)
2013年 03月 21日

二川幸夫・建築写真の原点 「日本の民家一九五五年」

今日午後から、パナソニック汐留ミュージアムで開催中の二川幸夫建築写真の原点 「日本の民家一九五五年」を観て来た。

1955年代、まだ日本の民家が多くあった当時の民家の外観、内部及び町並み 写真が展示されていた。
中でも、山形県蔵王村民家の妻破風が気に入り、思わず手帳にスケッチした。
茅を厚く庇のように突き出して葺き、「はっぽう」と呼ぶ屋根裏の養蚕の為、通風と採光のための窓を開けた「ニグラハフ」の形がなんとも精緻で可愛らしく美しく感じた。

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他には、新潟県岩船郡関川村の佐藤康彦家の写真も端正で良かったが、
それは、10年ほど前、茨城の駅のポスターの写真からスケッチしていたが、どこかに紛れ込んでいる。

日本の民家の良さを見出した二川幸夫には、その感性に感心すると共に、1995年代の当時の時代の雰囲気が出ていて、どっしりと感じられ、当時の民衆の生活が醸され、懐かしくも感じた。

・・・・・・・・・

(130321追記)

中でも、岐阜の山奥の村の合掌造りの民家の茅葺きの屋根廻り上方に見える 家屋内部からの湿気が上部方向に発し、寒い外気で白い靄となっている光景の瞬間を撮った写真は、人間や蚕等の生命が、家の中に息づいていることが印象付けられていた・・・。

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by mohariza12 | 2013-03-21 01:30 | 建築 | Comments(0)
2013年 03月 20日

センスのある花りんとのパッケージ

昨日も夜11時前、(その前に私が使っていたのだが、「ちょっと使わして!」と云うので変わり、)パソコンをカミさんがやりだし、「(用が済んだので、)終わったよ」と云われたが、その前に私がソファーに横になっていたので、「ジャー、そのまま使うよ」と云ったので、
そのまま横になっていたら、眠りについた。2回ほど、途中で目がかすかに覚めたが、3種類の夢を観、蚊で(?)足を刺され、痒くなって、午前5時に起きた。

ベランダでタバコを吸いに行ったが、ほんのりと明るいグレーの夜空を見て、下階のトイレで用をたし、(夜、歯磨きは1度したが、)歯磨き粉無しで歯を磨き、また、タバコを吸いにベランダに出たら、東の空は、空全体はグレーの雲が多いが、下の方から紫がかった青味が差し出し、徐々にそのほんのりとした青味の明るさを増して行くのを見ていた。春分の日になり、夜が明けるのが早くなって行くのを体験した。

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この頃、食卓にカミさんのパート先から持って来た飴玉と共に、かりんとう(花りんと)が3種類置いてある。
ある日その3種類のかりんとうの色が違うパケージをじっくり見たら、中々、面白い形と色具合と思い、スキャンして、ブログに紹介しようと思っていた。

今回、他にも記すこともあったが、それを紹介します。

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パッケージ広告では、 calligraphy_mさんのブログ「書をつま弾く、そして歌う」で時々紹介されるパッケージがセンスがあり、気に入っているが、

今回紹介する 築地ちとせ(株式会社シュクレイ) の 花りんと Goshiki は、パッケージの2色の使い方の絶妙さと花りんとの種類が違うのをパッケージでほんのりと形の違いを出し、ほんのりとその種類の違いを出しているのが面白いと思った。そして、パッケージに小さな丸い穴を開け、表からビニールに入った花りんとを見せているのだが、3種類の花りんとの色具合が違うのも見せ、パッケージの色がそれに絶妙合っているのが見事と思った。ロゴの位置も微妙に変え、センスがある。

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花りんと Goshiki ニンジン

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花りんと Goshiki タマネギ

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花りんと Goshiki ゴボウ

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・・・ニンジン、タマネギ、ゴボウの3種類の花りんとの種類によって、絶妙に色、形、そしてそのネームとロゴを変えて、違いを出しているのがお分かりでしょうか・・・。

色使いもどこか日本的な色で、きめの細やかを表現していると思う。
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by mohariza12 | 2013-03-20 06:40 | 広告 | Comments(2)